生往寺の歴史

高田又兵衛のお墓

宝蓮山生往寺は、浄土宗峯高寺の末寺として寛永13年(1636)に、今の小倉北区京町に創建されました。その後、宝暦13年(1763)に大阪町に再建され、明治43年(1910)にかつて峯高寺のあった今の地に移転。現在に至っています。

生往寺開山上人は真蓮社明誉上人。元和元年に開山されました。
当山境内には槍術家で有名な高田又兵衛、また柔術家の直円齋氏、そのほか小倉藩士・杉生貞則氏、二木氏の墓があります。

宗祖

法然上人(源空 1133~1212)

本尊

阿弥陀仏(阿弥陀如来)

教え

智者のふるまひをせずして、ただ一向に念佛すべし

お経

お釈迦様がお説きになった「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」の三部をよりどころとしています。

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お墓

武蔵とは生涯の友だった高田又兵衛。武蔵と仕合いで互角に立ち会ったという、その槍術は全国に名をとどろかせ、将軍家光から上覧の仰せがあったほど。そして現在でも高田派槍術として伝承されている。

 


「槍の又兵衛」として名を馳せた高田又兵衛